みんなで星を見上げれば...

星を見ることを忘れてしまった人々の行く先に希望はあるのだろうか?新たな希望の地を求めて旅立ちの準備をすることにしました。よろしかったらお付き合いのほどよろしくお願いします。

あれから7年も、、、。 タスマニア放浪記(1) バーニー

2004/05/20

次の信号で一か八かのUターンをして強引に元の進路に引き返し、
なんとか受付10分前に港に到着できた。
ハインリッヒの法則の「ヒヤリ」に+1。

 注)ハインリッヒの法則:
   ヒヤリとしたが、事故にはならない体験を1回とすると、 
   小さな事故はヒヤリとしたものが30回で1回起こる。
   大きな事故は300回に1回で起こる。

駐車所に車を止め、歩いて窓口まで行き、電話で予約したチケットを受け取る。
車に戻り、フェリー乗船口まで移動して待機する。
しばらくすると一台ずつ誘導されて、指定された場所に車を止める。
車の大きさで分けているようだ。車輪止めでタイヤが固定されてから、
必要な荷物を持って鍵をかけて客室に向かう。
以降は船室との境に鍵がかかるので到着まで車には戻れない。
鉄製の頑丈なドアを通って船室に向かう。

客室は4人一部屋で2段ベッドが2つとシャワールームが一つある。
貴重品以外の荷物はそこに置いて、船内を散策する。
子供のための遊戯スペースや

大人のためのスロットマシン、パチンコの遊戯設備、

レストラン、

けっこう高級な品物も扱っているお土産店、

港に停泊中は使える無線公衆電話。
様々な設備が揃っている。12時間かけて海を渡るのには十分な装備だ。

おみやげ屋でタスマニアの鳥の写真の小冊子を購入。

2004/5/20 19:26 $ 6.24 star shop

夕食は2種類あり、バイキング方式。当然安いほうを選ぶ。

2004/5/20    20:00 $ 16 sprit of tasmania

船内を歩き回ると船の中央ラウンジの受付に女性クルーがいた。
若くいはないが、美人でクールに職務をこなしている。
ダメもとで写真を撮ってよいかと聞くと満面の笑みを浮かべてOKしてくれた。
クールさとのギャップがたまらないです。

船が出港して揺れる甲板から後ろに見える名物のメルボルン夜景を撮影した。
揺れにあわせて写真を撮るのがなかなか難しい。

船の側面にはトビウオの群れが多く飛び交っていた。
写真をみるとまるで未確認生物のスカイフィッシュのようだ。
部屋に戻るとすでに2人が片方のベッドに入ってカーテンを閉めていた。
残りの2段ベッドの上部を使うことにした。シャワーを浴びてからベッドに入ったが、
床がゆらゆら揺れており、すぐには寝付けなかった。
少しうとうとはしたが、なれない船上でなかなか、熟睡できなかった。
最後の一人が入ってきて、下の段に収まったの気配で感じた。
少しだけ寝むれたようだった。

距離的には到着するのに朝までかからないが、人がいないので日の出を待っての入港になる。
朝焼けがとても美しかった。



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あれから7年も、、、。(7) メルボルン3

2004/05/20

もう何度同じ道を通っただろうか?たしかに近づいてはいる。
ふと、目を上げると少し記憶にある景色が。
方向感覚を90度修正すると、見覚えある門構えが。
やっと、たどり着いた。まだ、誰も起きていなくて玄関には鍵が掛かっていた。
あらかじめ隠し場所を聞いていたので鍵を開けて中に入った。
誰も出てくる気配はない。とにかく眠いのでそのままベッドにもぐりこむ。

12時過ぎに目が覚めた。従兄弟も起きて仕事をしていた。
これまで経緯を話し、見るには見たが空が明るくてただ見ただけ。
もっと暗い空はないかと聞いてみたが、メルボルンから出ることはないから知る由もなかった。
もっともだ。

デジカメで撮影したデータでスマメほぼ満杯になっており、相談したところ
今まで撮影のデータを一旦サ-バーに保管してもらい、あとでCD化すてもらうことで解決した。
今回撮影したデータを移動させてからスマメをリフレッシュした。これは大変助かった。

旅行に出る前にネットで、メルボルンからタスマニアへ船で行けることを知ったが、
海峡の海が荒れており、一晩中苦しい思いをしなければたどり着けないらしい、
と言う記述があった、という話をすると、今はギリシャから買った豪華客船
「タスマニア・スピリット号」があるから快適に行けると言う。
しかし、今から行くにしても客船なら何ヶ月も前に予約しないと席がないのでは?
行けたとしても野宿?
いくつも障害があるように思えたが、そこは楽天的な従兄弟のこと、なせばなるの開拓者スピリットを発揮。
電話で予約できるか聞いてもらうと、その場でカード払いでOKというので簡単にできてしまった。
タスマニアでは一日くらいは晴れる日があるだろうという目論見で3泊する予定で船便チケットを予約した。

「嫁さんの姉が住んでて別荘持ってるよ。」

聞けばタスマニアの北西部にあるバーニー海岸のリゾート地に一軒家を持っているという。

「いま、空いているはずだから使わせてもらえるかどうか聞いてみるよ。」

タスマニア島なら人口の明かりが少ないであろうことは予想できた。
これは期待できる。宿泊場所にも困らないならなおさらだ。
いきなり目的がタスマニア島リゾートドライビングに替わった。

少し時間もあるし、車を洗車しておこうと思ったが、
水の貴重なオーストラリアではそんな罰当たりなことをする人間はいないと忠告された。
郷に入っては郷に従え。まあ、レンタルだしいいか。

念のため出港する場所を把握しておきたいと思い、地図で道を調べ事前調査に出かけた。
従兄弟の家から30分かからない距離で道なりに行けばほぼ一直線で行けた。
これなら楽勝。港脇の駐車場に車を止め、乗船受付ロビーまで歩いてゆき、壁に貼ってあったタスマニア島の地図を眺めた。
うーーむ。明日はここに居るのか。未知の場所の訪問に心が弾んだ。
窓口は出向前まで閉まっている。出向受付は夜18時以降だ。

従兄弟の作った夕食(バイトで日本食レストランの寿司職人の経験があるらしい)をネパールの学生夫婦と4人でいただき、今夜はフェリーでタスマニアに行くと伝えた。
だんなさんにデジカメを見せると興味をもったらしく、私の帰国前にはデジカメを購入してしまっていた。
もっと色々話がしたかったが、学生とはいえ働かなくてはらならいし、何しろ私自身が従兄弟宅にいる時間が少なかった。
ここまで1泊半。お互いを知るには時間がなさすぎた。

電話で従兄弟の義理の姉にあたるルース姉さんと連絡を取って、別荘を借りる手はずを整えてもらい、
別荘までの地図を描いてもらった。別荘は少しわかりにくい場所にあった。
海岸にあるのに森の中を抜けてゆく。
ルース姉さんはかなり離れたフィンゴ-ルという旧鉱山の町で教師をしており、事前に掃除をしておいてくれると言う。
別荘の鍵は近所に一軒だけある雑貨屋のご主人に預けるから、そこを尋ねていくという手はずになった。
かなりの急展開だが、これぞ個人旅行の醍醐味。キャンベルポートから帰ってきたときとほぼ同じ装備でそのまま出発することになった。

島の物価が本土より高いことは予想できたので、途中でガソリンを満タンにして港へ向かった。


ところが夕方で景色が違って見えたため、間違えて信号をひとつ早く曲がってしまい、
メルボルン市内中心部の方へ向かう道路に出てしまった。
まずい。港に行くには左折する必要があるが、そのルートが見つからない。
このまま進んで行っては乗船時間に間に合わない。
既にカード支払い手続きは終わっているので返金は利かない。

さあ、どうする。

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あれから7年も、、、。(6)メルボルン2

2004/05/19-20

たびたび睡魔と闘いながら国道をひたすら突っ走る。
平均時速は100km。メルボルンに近づくにつれ空は明るくなってくる。
300万人都市である。無理もない。人の住むところはもはや天文観望には向かない。
と言って人の住まないところでは生活が不自由だ。人間はわがままだ。
この二律背反する難問とどう向き合うか。結論はいまだでていない。

3AMを過ぎる頃、最大の睡魔が襲ってきた。
どうしようもなくなり休憩できそうな場所を探す。
まだ、市内には遠く休憩でしそうな場所を探していると公園らしき標識を見つけた。
国道沿いで進行方向右側に入り口が見えた。
右折して園内に入ると奥まった所がロータリーになっておりそこに車を止めて、
座席を倒し30分ほど仮眠を取った。

この習慣は今に生きておりG村から朝帰りするときに、
途中でわき道に駐車スペースがあると車を止めて仮眠を取る。
一時的に体力が回復できるのでなんとか事故にもなく無事帰還できている。

軽くストレッチして体をほぐし運転再開。
4AM過ぎには景色は人工物が多くなり、町中にはいったようだ。
このとき自然の摂理で水分を排出したい衝動に駆られたが、
その目的に適合する自然な風景はもはや見当たらなかった。
辺りはまだ暗く街灯以外の明かりはほとんどなく、適当な場所も見つからない。

道なりに少し古めのレンガ作りの建造物を発見した。
窓から明かりが見え、ちょうどその横に車が2、3台止められそうなスペースがあった。
教会か?トイレがありそうだ。車を止めて入り口を探していると、中から人がでてきた。

こんな時間に起きている。仕事?いったい何者?
それは私に向けられた疑問でもあった。

なぞの人物   「何しているんですか?」

私       「実はトイレがなくて困っているんです。ここは何ですか?」

なぞの人物   「図書館だよ。」

私       「もし差し支えなければトイレをお借りできませんか?」

親切なおじさん 「ああいいよ。こちらへどうぞ。」

少し奥まったところに案内され、事なきを得た。

「徹夜でお仕事ですか?」

「いやあ、これから仕事なんだ。」

「どうもおじゃましました。ありごとうございました。」

といって外に出ると入り口の錠を閉める音が聞こえた。
こんな時間に正体不明の外国人を受け入れてくれるなんて。なんて親切な国なんだ。

再び国道に戻りひたすら市内を目指す。
何台かのトラックに追い越された以外に車に出会うことはなく6時過ぎには市内に入った。
せっかくなので市内をぐるぐる回りあちこち見てから帰宅することにした。
路面電車や歴史のある建造物を眺めつつドライブをして、たまたま目に入った喫茶店が
朝食のオーダーを取り始める時間まで待って、店に入り軽めの朝食を注文した。

しかし、自分で運転して帰るのは初めてで、住宅街であるため同じような景色で
小さな通りが多く込み入っており混乱し中々到着できず、ついに迷い子になってしまった。
もう近くまで来ているはずだが、、、、。手元の地図では縮尺が小さくて従兄弟の家の場所が特定できない。
同心円上を回っているように感じたので、その半径を徐々に縮める感じに車を走らせていった。
思い返すに、おそらく目的地周辺をぐるぐる回っていたと思われる。
早く寝たいのに気があせるばかりであった。

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あれから7年も、、、。(5)リニア彗星とニート彗星

ポートフェアリーから引き返し、メイン道路と平行に走るわき道を入り周辺の明かりが邪魔にならない所を探して車を止めた。
少し下り坂になった場所が見つかったので、薄明が終わるまでそこでライトを消して待機することにした。
誰も来ないと思っていたら名に何やらトラクターのようなものがこちらに近づいてきた。
そばで止まったのででてみると、麦わら帽のおじさんが話しかけてきた。

「こんなところでライトもつけずどうしたんだ?」
「彗星を見るために暗くなるのを待ているんです。」
「そうか、まっくらだと気づかないで危ないことがあるから気をつけなさい。」

といって去っていった。
どうやらここら辺はその方の農地のようで、無灯の車の存在が気になったようだ。
確かに対向車からは下り坂になるところに無灯火の車があると危険である。
場所を発見するのに余裕のある位置に移動した。

夕闇が迫りいよいよ彗星の位置確認をしようと双眼鏡を持ち出した。
三脚に固定し、買ったばかりの雑誌を頼りに捜索開始。

オリオン座が盾の部分を下にして、横倒しの状態で東から昇ってきた。南中すると逆さ立ちした格好になる。
リゲルの東側に他の星とは違ったボワとした核が星雲状の天体を認めることができた。
リニア彗星だった。

一方、ニート彗星の方は少々暗くすぐにはわからなかった。
しし座とかに座辺りにいるはずなんだが。。。
双眼鏡でその辺りを散策してようやく見つけることができたが、とても肉眼彗星とは言えないレベルである。
リニア彗星のほうは3,4等か、ニート彗星の方は6等くらいか。
400年に一度の2大彗星というA新聞のタイトルはいささか誇大広告だった。
ハレーの時もそうだったが、彗星の光度ほど予想通り行かないものはない。
しかし、2つ彗星を同じ空にの下に捉えられたという事には変わりない。
これで、当初の目的を果たした私は一路帰路についたのであ、、、、、、るわけがない。
これからは、彗星とはあまり関係なく旅はまだまだ続くのである。

もっと暗い空を求めて西に行こうか。内陸部に進むか。このまま戻るか。
いろいろ迷ったが、16mm魚眼で2彗星を同じ画面に収めて、満足したので再び、
西に移動してホテルを探して泊まろうと考えた。

昼間来たポートフェアリーは小さな町でホテルはなさそうだった。
さらに西のポートランドに向かって車を走らせた。
各都市の位置関係はこのようになる。

meruborun.jpg


彗星を見たのは
 dc.jpg
がある所

1時間ほど走って到着したポートランドは比較的大きな町だった。
灯台もあるし、街灯照明がとにかく明るい。大きな教会の建物は威厳があった。
ようやく車で泊まれそうなホテルを見つけ値段を聞くと$120という。
ちょっと高い。まあ、街中なので相場ではあろう。
前日の$88に比べると値ごろ感がない。

海岸線を使わずに内陸側の国道を行けば割と早く帰れるのではないか?
うまくすれば朝までには到着できるし、途中暗い所があれば星も見れる。

宿泊はやめて一路メルボルン市内を目指すことにした。
道は広く車はほとんど走っていない。ときおりトラック便が走る程度だ。
途中でモ-ターキャンプ場の標識を見つけたので寄ってみることにした。
キャンピングカーが泊まれるキャンプ場のようなところで、野外に屋根つきの水場と流しが設置されていた。
その奥に空き地があり、周辺の明かりが来ない所で車を止めて双眼鏡で観望してみた。
大マゼンラン星雲が昇ってきており、およそ20年ぶりに対面を果たした。

写真を何枚か撮り、少し休憩してさらに市内へ向かって走りだした。
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あれから7年も、、、。(4) キャンベルの逆ささそり座


一旦は床についたものの、睡眠が浅いのか(年の成果)夜中に眼が覚めてしまった。
すぐに寝れそうになかったので、気晴らしに外に出てみると小さな入り江から望める南の海側の空が晴れていた。
さそり座がさかさまに浮かんでいる。すぐさまカメラを取り出し固定撮影した。
風は少し収まっていた。街頭が煌々と輝いていたが人影はなく静かな夜だった。
入り江に打ち寄せる波と時折強く吹くが風の音だけが聞こえていた。
小一時間ほど徘徊して部屋に戻り二度寝した。今度はぐっすり眠れた。

翌朝早くに目が覚めると日の出前だったので、薄明の中、昨夜行った入り江へ再び足を向けた。
入り江には少し先に艀のような場所があり、そこで2人ほど釣りをしていた。
その対面が小高い丘になっており、歩いて行けそうだったので、そちらへ歩を進めた。

cambell.jpg

草むらの中に道があり、途中には案内板があって、そこに生息する鳥や地形の説明が書いてあった。
対岸の先の歩いてゆけるところまでいくと左右に海岸線が広がっていて、眺めていると東から太陽が昇ってきた。
30分ほど散策した後、モーテルに戻り前日買っておいたパンを朝食にした。

身づくろいをして清算しようとしたが、オーナーさんがでてこない。
外を見回すと、はす向かいにあるお土産屋さんに気付いた。
ついでだから、ここでお土産をまとめ買いしておこうと思い店の方へ向かった。

絵はがきやマグネットプレート、観光名所の絵柄がはいった陶器の指抜き等の小物を買い込んだ。
以前パ-スで買ったお土産がほとんどメイドインホンコンだったので、
できるだけオーストラリア製の物だけを選んだ。
ついでにデジカメ用の乾電池も補充した。

2004/5/19 10:28 $ 261.98 port cambell shopping

結構ここで時間をつぶして、宿に戻って清算した。そのときオーナーに
「この風はいつ止むのか?」
と聞いたところ、
「今はまだ静かなほうだ。止むことはないよ。」
という答えだった。そもそも海沿いは星空観望には向かないようである。

昨日に比べ天気が良かったので、昼間の12使途岩を見に再び展望所に向かった。
近くにヘリポートがあり、$80で遊覧飛行ができるようだ。
ヘリのそばに吹流しがあり、それをみると風はあいかわらず強く、乗るには度胸が必要だと感じた。
天気は昨日より良くて、本来あるべき姿の12使徒岩群を堪能できた。
海外からの観光客も多く、その中には日本からきた親孝行な夫婦家族連れもいた。

この後の観光の予定は特になかったが、より暗い空を求めるにはメルボルンから遠ざかる方向、
すなわちさらに西に移動したほうが良いと考え、そこから西へと進路をとった。
途中、小さなスタンドを見つけた。次はどこで給油できるかわからなかったので、そこで給油した。

2004/5/19 12:07 $ 20 campbell marine service mobil

一度、内陸方向へ進路をとり途中から再び海岸沿いを進んだ。
ロンドンブリッジ、奇岩スポットが所々にあり、観光案内看板で気になる所があれば随時停車し写真に収めた。

思惑通り西に進むほど人家も少なくなり、星空の条件がよさそうな感じになってきた。
比較的広い農地が続き、風力発電の風車がいくつも見えてきた。
午後3時頃にメイン道路から脇に入り込んだところにある良い感じの農地を見つけたので第一候補にしてさらに西へと進路をとった。
山がまったくなく平地続きなので、太陽が低くなってくると、進行方向から直接目に入ってくるのでかなり運転し辛い。

地図をみるとその先には灯台があることに気が付いた。
待てよ。灯台の明かりってかなり強烈じゃないか?
これ以上進んでも良くならないと判断し、小奇麗な港町ポートフェアリーで休憩し、町の中を散策することにした。
小さな商店街通りや公共図書館などがあり、いい感じの田舎町という印象。
小さいながら公園もキレイだった。
店通りの一角に本屋があり、オーストラリア版天文月刊誌を発見。
ちょうど2大彗星の位置星図が載っていたので購入した。
今日はこれで位置確認ができる。天気も晴れそうだった。
昼間目をつけた場所まで引き返し、夕暮れを待った。

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